過去の歴史から ― 2009/09/02 21:22
前回のブログで「政治の話」を書いたのですが、かつて自民党がやってきた政治を見てくると、これが結構面白い。僕も以前から不思議に思っていたのですが「なるほど」思う内容でした。今回の衆院議員選挙で自民党が敗退するまで一党独裁だったので、自民党の歴史が日本の政治の歴史だったと言えます。
間違いはあるかもしれませんが昭和30年代からを要約するとこんな感じです。
30年代の自民党の基本方針は「保守本流」。で、この頃の総理大臣は池田、佐藤、田中、三木、福田、大平、鈴木…などになります。そんな中、色々な意味で問題になっている「利権」を生み出したのは田中角栄だろうと思います。「列島改造計画」を推進し、新幹線、高速道路などの国土基盤を整備し、大企業主導の経済体制のもと一億総中流を実現、同時に社会保障も充実させました。経済も成長し国民生活も向上した時代だったので、誰も不満は無かったのでしょう。結果だけをみればこの時代の政策は間違ってなかっただろうと。でも継続したことは間違いだったと。その後、経済成長が鈍化してきたのにも関わらず、赤字国債を発行し続けた為、財政赤字が表面化してきました。政治家から「財政再建」という言葉をよく聞きました。
で、中曽根内閣のもとで推し進めていったのが「新保守主義」。「小さな政府」って言われるようになったのはこの時?。国鉄、電電公社、専売公社の民営化などの政策が取られました。竹下内閣では、長年の懸案であった大型間接税消費税を導入を実現。「直間比率の見直し」を実現しました。でも、このあたりから政治不信も同時進行で広がります。リクルート事件はこの頃発覚しました。土井社会党が参院選挙で勝って「山は動いた」と言ったのもこの頃です。
時代は平成、バブル崩壊、失われた10年の時代です。経済構造の変化により公共投資も友好的な政策にならず、財政赤字も拡大、政官財の癒着、公共事業における談合、腐敗が明らかになり、国民の政治不信は頂点に達しました。また最大派閥竹下派による「数の支配」は厳しい批判の対象となり、とくに竹下、金丸、小沢一郎の三者の蜜月による経世会支配は、党内においても反発を呼び、その結果、保守本流の流れを汲む2派閥は、政治改革をめぐって小沢一郎らが離脱、離党しました。
2000年になってからはあまりにもごたごたが多いのと、最近なので知っているだろうという事で省略…。
ちょっと無理があったかもですが、大体こんな感じです。
前回のブログで民主党の外交・防衛・経済政策に不安があると述べましたが、逆に言うと国内政策についてはあまり代わり映えがしないと思える所以はこの部分にあるのです。保守本流の時代の社会福祉政策は当時の社会党の案とほぼ同じで、国会提出時期に差があるだけなんですね。すなわち時代としては「自民党による保守本流」→「自民党による新保守(新自由主義)」→「民主党による???」最後はまだよく判りませんが政策を見ていると自民党が保守時代に行った社会政策に近い気がします。辞書で調べると自由主義とも社会自由主義とも言われているようです。
書いていて気がついたのですが、小沢一郎(田中角栄の秘蔵っ子)の歴史でもあるんですね。小沢一郎は今でも政治のイニシアティブを握っていることが凄い。今回の政変で、この部分をどう取るかで評価は変わってくるでしょう。僕は金丸、小沢一郎の三者の蜜月による経世会支配のイメージが強いので小沢一郎が支配する民主党のイメージは悪いです。
実は小沢一郎の著著『日本改造計画』を僕はもってるんですね~。印象的なのが「直間比率(消費税率)の見直し」「海外派兵」で、防衛庁の省への昇格はこの本の中に記述されています。又、数の論理にも触れていて、「過半数が賛成している案を、少数のダダっ子がいて、その子をなだめるために、いいなりになってすべてを変えてしまう」のは「少数者の横暴」だと述べています。当時の社会党の反対を納める為に法案を骨抜きにされたのでは意味がないという意だと思います。この辺が賛同出来るのが僕には辛いです。
間違いはあるかもしれませんが昭和30年代からを要約するとこんな感じです。
30年代の自民党の基本方針は「保守本流」。で、この頃の総理大臣は池田、佐藤、田中、三木、福田、大平、鈴木…などになります。そんな中、色々な意味で問題になっている「利権」を生み出したのは田中角栄だろうと思います。「列島改造計画」を推進し、新幹線、高速道路などの国土基盤を整備し、大企業主導の経済体制のもと一億総中流を実現、同時に社会保障も充実させました。経済も成長し国民生活も向上した時代だったので、誰も不満は無かったのでしょう。結果だけをみればこの時代の政策は間違ってなかっただろうと。でも継続したことは間違いだったと。その後、経済成長が鈍化してきたのにも関わらず、赤字国債を発行し続けた為、財政赤字が表面化してきました。政治家から「財政再建」という言葉をよく聞きました。
で、中曽根内閣のもとで推し進めていったのが「新保守主義」。「小さな政府」って言われるようになったのはこの時?。国鉄、電電公社、専売公社の民営化などの政策が取られました。竹下内閣では、長年の懸案であった大型間接税消費税を導入を実現。「直間比率の見直し」を実現しました。でも、このあたりから政治不信も同時進行で広がります。リクルート事件はこの頃発覚しました。土井社会党が参院選挙で勝って「山は動いた」と言ったのもこの頃です。
時代は平成、バブル崩壊、失われた10年の時代です。経済構造の変化により公共投資も友好的な政策にならず、財政赤字も拡大、政官財の癒着、公共事業における談合、腐敗が明らかになり、国民の政治不信は頂点に達しました。また最大派閥竹下派による「数の支配」は厳しい批判の対象となり、とくに竹下、金丸、小沢一郎の三者の蜜月による経世会支配は、党内においても反発を呼び、その結果、保守本流の流れを汲む2派閥は、政治改革をめぐって小沢一郎らが離脱、離党しました。
2000年になってからはあまりにもごたごたが多いのと、最近なので知っているだろうという事で省略…。
ちょっと無理があったかもですが、大体こんな感じです。
前回のブログで民主党の外交・防衛・経済政策に不安があると述べましたが、逆に言うと国内政策についてはあまり代わり映えがしないと思える所以はこの部分にあるのです。保守本流の時代の社会福祉政策は当時の社会党の案とほぼ同じで、国会提出時期に差があるだけなんですね。すなわち時代としては「自民党による保守本流」→「自民党による新保守(新自由主義)」→「民主党による???」最後はまだよく判りませんが政策を見ていると自民党が保守時代に行った社会政策に近い気がします。辞書で調べると自由主義とも社会自由主義とも言われているようです。
書いていて気がついたのですが、小沢一郎(田中角栄の秘蔵っ子)の歴史でもあるんですね。小沢一郎は今でも政治のイニシアティブを握っていることが凄い。今回の政変で、この部分をどう取るかで評価は変わってくるでしょう。僕は金丸、小沢一郎の三者の蜜月による経世会支配のイメージが強いので小沢一郎が支配する民主党のイメージは悪いです。
実は小沢一郎の著著『日本改造計画』を僕はもってるんですね~。印象的なのが「直間比率(消費税率)の見直し」「海外派兵」で、防衛庁の省への昇格はこの本の中に記述されています。又、数の論理にも触れていて、「過半数が賛成している案を、少数のダダっ子がいて、その子をなだめるために、いいなりになってすべてを変えてしまう」のは「少数者の横暴」だと述べています。当時の社会党の反対を納める為に法案を骨抜きにされたのでは意味がないという意だと思います。この辺が賛同出来るのが僕には辛いです。
最近のコメント